2017/09/19

LINE交換という儀式で肥大化する表面上の人間関係

LINEが苦手だ.

はじめてLINEに触れたのは大学入学直前だった.田舎ということもあったが高校の頃はスマホの普及率は今ほど高くなく,連絡はメールが主流だった.今となっては懐かしいが.

大学合格が決まって,今をときめくコミュニケーションツールはLINE!ということで,当時はipod touchを使ってLINEをはじめた.思い返せばこのタイミングでLINEをはじめた高校の同級生が多く,クラスのグループもこのとき作られた.


はじめてLINEに嫌気がさしたのはいつだったか.高校のクラスLINEで自分に関係も興味もないチャットが続きに続いて通知が鬱陶しくなったあの時だったような気がする.

元々同窓会とかに行くつもりもないので高校の同級生との繋がりの必要性は低く,ただ目の前にあるのは膨れ上がった通知.

それにうんざりして,大学で本当に連絡を取る必要性・可能性の高い相手以外を登録から外し,意味のないグループからも退出し,そして随分とすっきりしたLINEを手に入れた.


それから早数年.

大学院へ入り,学部の頃より自然と知り合いが増えるようになって,気づけばLINEの友達は肥大化している.

この前も他大学の人たちと会う機会があって,「LINE教えてください」と言われ数人と交換したわけだが,果たして彼らとまた連絡を取る機会があるかというと,実はないような気がする.

言うなればLINEの交換は,その場が盛り上がり,少なくとも悪感情は持っていないというレベルでの一定の親しみが生まれたことを証明するため,お互いにそれを確認するための儀式であるように思う.

その儀式がコミュニケーションツールであるLINEで行われてしまうことで,LINEの友達一覧はどんどん肥大化していって,そして50音順のソートもできず使いにくいアプリのせいで,本当に連絡を取りたい人を探し出すのが難しくなっていく.

数年で再び肥大化したLINEを前に,近い将来また嫌気が差してしまうような,嫌な予感がした.

やっぱりLINEは苦手だ.

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