2017/01/13

失われた十云年を越えて

【2016/12/某日-2017/01/某日】

YCAT→羽田空港バス車内より.左奥に政府専用機が見える.

およそ2年ぶりにに北海道の実家に帰省してきた.

一般的な感覚からすると,帰省の間隔がやや長いというのは,そうかもしれない.

とある駅にて.

私は北海道があまり好きではなかった.
幼少期に北海道に引っ越し,関東の祖父母の家に遊びに来るたびに「関東に住んでいたかった」と思った.
幼少期からの十云年は,北海道で“失われた”とすら思っていた.本当なら都会のコンクリートジャングルで暮らせたかもしれない未来は失われた.だから,北海道があまり好きではなかった.

今回の帰省も,当初から予定されていたものではなく,実家の飼い犬が長くなさそうということで,11月になってから急遽帰ることにした.
犬がいなければ帰っていたかすら怪しい,というか多分帰ってない.

雪が積もった白い“青い池”.

結局,実家の犬は私が帰省する数日前に逝った.
なんとか火葬に送るのには間に合ったが,夏に帰っておけばよかったとか,そういう後悔は尽きない.

2年ぶりに実家に帰ると,父も2年分老い,母もまた老いた.
未だに自分が18や20の頃で時間が止まったような錯覚があるのに,時間は確実に進んでいる.

冬にする花火.

考えてみれば,2年に一度ペースの帰省では,両親の顔を見ることができるのは,ひょっとすると両手で数えられるくらいに収まってしまう可能性もあるのだなあと,犬が逝って初めて実感した.
2年前帰省したとき,次に帰省したときも当然に会えると思っていた犬はいなかった.それが次の帰省のとき,どの相手に起こるかはわからない.

冷え込んだ朝には雪が光る.

北海道を離れて4年が経った今帰省して,多少考え方も変わった.
北海道に引っ越したことで生まれた関東に戻りたいという気持ちがあったから,あれだけ受験勉強に打ち込むことができたのかもしれない.
そう考えればあの“失われた十云年”もまた,意味のあるものであったと言うことができるのではないか.
4年経った今,かつて持ったある種の憎悪は,自分の中で消化できたのではないかと思う.

だからせめて,自由な時間が取れる学生のうちは特に,もう少し頻繁に実家に帰ろうかなあと思うにまで至った.
そう思うようになったのも,結局のところ実家の犬がくれた帰省のきっかけがあったからで,そしてその死があったからである.

残された犬小屋に積もる粉雪

さんざん悪さをするおバカな犬だとばかり思っていたのだが,最後の最後に大事なことを教わったように思う.
せめて彼がその一生を楽しみ,安らかに眠っていることを祈るばかりである.

0 件のコメント:

コメントを投稿