2016/08/22

碓氷峠・『秒速5センチメートル』聖地巡礼旅行記

早起きはおにぎりのために

2016/08/18 3時起床.
5時過ぎの電車に乗ればいいので,いくら朝飯を食べてから出かけるとは言ってもいくらなんでも早すぎる気はする.
ただ,3時に起きたのはその朝飯のせいだったりする.
朝早く出るので,前日にコンビニでおにぎりを買い込んでいたのだが消費期限が18日の午前4時だった.
帰宅して冷蔵庫に入れる段階でそれに気づいた.そういえばコンビニのおにぎりは消費期限短めだったな…
というわけで,おにぎりを食べるために3時に起きた.
しょっぱなからよくわからない感じになっているが大丈夫かこれ…

旧線を征く

しっかり朝食もとって出発,時刻は5時前.8月とは言えこの時間ではまだ薄暗い.
最寄り(というほど最寄ってない)駅から始発列車に乗る.この列車は去年,一昨年とTGSに行く時にも乗ったが,サラリーマンで結構混雑しているというあたりに闇の深さを感じる.
もちろんどう考えてもサラリーマンではなく,旅行にいくのかなんだか知らないが怪しげな姿もちらほら.というか自分もそっちに当てはまるんだが…

列車に乗り込んだ頃,急に外が明るくなった.ようやく日が登ってきたらしい.
しばし電車に揺られ横浜駅に到着.今回は青春18きっぷを使うので,改札で日付印を押してもらう.
窓口に係員がいないので呼び出しブザーのようなものを押すと,奥から駅員が出てくる.
どっちかというと愛想は悪いが,まあ朝だからこんなものだと思う.駅員のバイトをやっているのでわかるが,基本的に駅員は真夜中過ぎの終電を見送って駅を閉め,数時間仮眠して始発列車を迎えなければいけない.
早い話めちゃくちゃ眠くて仕方ない人が多くなる.なので,むしろ事務室で眠気と戦っていたところを呼び出してしまい申し訳ないとすら思う.

上野東京ライン(東海道線・高崎線)普通1820E 横浜→高崎

横浜から上野東京ライン北行に乗車.臨時のムーンライトながらを除けば横浜から乗れる北行の始発ということになる.
この列車を使い一路高崎まで向かう.昨年春の上野東京ライン開業で東京から横浜に帰るときに東海道線に座れることがほとんどなくなり,余計なことしやがって…と思っていたが,横浜から東京を越えて更に北に行くときはなかなか便利かもしれない.
まあ問題は,その機会がほとんどないってことなんだが…

横浜を出てしばらくすると,右腕が震えだした.何か闇の力にでも目覚めたと思ったが,何のことはない,右手首につけたfitbitのバイブレーションアラームだった.
一応早起きしたい時用に設定しているのだが,これで目が覚めたことが正直あまりない.それはともかく,普段ならまだお布団で微睡んでいる…か,爆睡している時間帯ということになる.
その時間に既に列車に乗っている.いよいよ旅感が出てきてわくわくしてきたぞ.

上の写真を見るとわかるが,横浜駅から最後尾の車両に乗り込んでいる.
最後尾は比較的空くというのと,ボックスシートがあるので長時間の乗車に向いているからだ.
横浜乗車時に空き席はなかったが,品川,新橋でサラリーマン風のおじさん達が大量に降りていったので新橋で座ることができた.

列車は順調に進む.
途中,赤羽を出たところでカシオペアとすれ違う.あまりに突然だったので写真を撮ることはできなかった…
恐らく,定期列車終了後運行されているカシオペアクルーズか何かだったのだろう.
北斗星には3度も乗ったくせにカシオペアには一度も乗れなかったのは悔やまれるが,あれは全部2人用個室だからね…しかたないね…(当然の一人旅前提)

さいたま新都心を出たところで晴れ間が出てくる.
これから向かう碓氷峠は一応山の中なのでできれば雨は避けたいと思っているが,どうも天気が優れないようで不安が募る.
一応出る前に天気予報は確認しているのだが,サイトによって予報の内容が違うので決め手がなかったので勢いで出てきてしまった感はある.
とは言っても,空梅雨に終わった今年の梅雨の鬱憤を晴らすがごとく,盆明けから8月いっぱいの天気はなかなか優れないようなので,もうどのタイミングでも同じだと開き直ってみた.
9月には宿泊を伴う旅に出るので,それまでにはなんとか回復していて欲しいが…

線路沿いの公園でラジオ体操をやっている姿が見えた,ということはまだ6時半とかそこらということだろう.
別になんでもない景色なのだが車窓を眺めていると,自動販売機の工場なのだろうか,自動販売機がかなりの数並べられているシュールな光景を目撃した.
そういえば自動販売機もどこかが作ってるんだよな,と当たり前のことを今更思った.

東京を出てから乗客は減っていく一方だったが,熊谷辺りを境にまたサラリーマン風の乗客が増えてくる.
恐らく高崎・前橋に向かうサラリーマンなのだろう.無形の都市圏の切り替わりを何となく実感した瞬間だった.

横浜からおよそ2時間半,ようやく高崎駅に到着.
ここからいよいよ,新幹線の犠牲になり続けてきたかつての幹線,信越本線の旅が幕を開ける!

信越線 普通125M 高崎→横川

信越本線.かつて高崎から長野を経由し新潟を結んでいた幹線である.
北陸新幹線長野開業時に,難所として知られる横川-軽井沢間は廃止,軽井沢から長野駅に近い篠ノ井までは第3セクターに移管された.
そしてこれは最近のことだが,北陸新幹線の長野-金沢間開業によって,更に長野-直江津間が第3セクターに移管された.
東京から日本海側の輸送を支えたかつての幹線は,高崎-横川,篠ノ井-長野,直江津-新潟と細切れにされてしまった.

今回はそのうち高崎-横川間と,新幹線開業で鉄路自体が廃止されてしまった碓氷峠越えの横川-軽井沢間のうち,遊歩道が整備された群馬県側を散策する.
上野東京ラインから降りると,そこに止まっていたのは4両編成の107系.この車両は211系の投入で廃止に向かう未来が決まっている.
東京から2時間ほど,新幹線なら1時間もかからずに辿り着くここ高崎だが,なんとこの107系,ドアを手で開ける.
この様子は別途動画にしようと思う.

4両編成はガラガラ,大丈夫か信越線と思ったが,発車数分前に到着した八高線から大量の(といっても首都圏のラッシュのそれほどではない)高校生が乗り込み,車内は一気に騒々しくなる.
青春18きっぷは基本的に鈍行にしか乗れないので,こうして地元の乗客の日常を垣間見れるのが面白い.



高校生たちは数駅で下車し,車内は再び閑散とする.乗っているのは旅行者らしき数人しかいない.






車窓はこの地方らしい,空が近く感じる景色が広がる.
北陸新幹線で金沢へ行った時も思ったが,群馬・長野あたりの山の景色が好きだ.

列車はほどなく“終点”,横川に到着.

信越線の鉄路はここで断たれている.他の新幹線に並行する在来線のような第3セクター移管ですらなく,鉄道路線としての“横軽”は廃止されてしまった.
それは碓氷峠が鉄道にとってあまりに難所であったからだろう.ここからその碓氷峠の散策が始まる.

横川駅を出て少し進むと,安中市が整備した遊歩道「アプトの道」の起点がある.
これは北陸新幹線長野開業で廃止となった信越線のうち,旧線の熊ノ平信号場までの間を遊歩道として整備したものだ.

「旧線」とは何かというと,そもそも碓氷峠は開業時,当時の技術では通常の鉄道が登るにはあまりにも急峻すぎた.
そこで,通常の車輪とレールの間の摩擦による力だけでなく,言うなれば“歯”を噛みあわせて更に力を加える事ができるようにしたアプト式と呼ばれる方式が採用された.
このアプト式であるが,後に碓氷峠専用のEF63という機関車を投入することで,その“歯”なしに通常の鉄道と同様の運転をする「新線」の開業とともに廃止された.
その「新線」も新幹線開業で廃止となったが,「旧線」「新線」ともに,横川駅すぐ近くの鉄道文化村に車両も含めて貴重な資料が保存されている.

少し進むと「碓氷関所跡」の看板があるので立ち寄ってみる.
江戸時代,箱根の関所と並んで重要な関所のひとつであったらしい.
横には関所資料館があり,地元のボランティアの方が関所跡について説明してくれた.この資料館,夏休み中,それから春秋の観光シーズンの土日に開いているらしい.
箱根の関所と並ぶ重要な関所であったにも関わらずあまり知られていないところだと思うが,歴史に興味がある人は行ってみるといいと思う.
古文書も展示されている.私自身は中学以来日本史を勉強していないので,極々基本的なところしか理解できなかった.

関所跡から再びアプトの道へ戻る.
画面右側の舗装された遊歩道がアプトの道.柵を挟んで左側,普通にレールが敷かれているのが,廃止された横軽の鉄路を利用したトロッコ列車が走る線路だ.
このトロッコは前述の鉄道文化村から,アプトの道途中にある日帰り入浴施設「峠の湯」までを結んでいる.


道中,信越線時代の鉄道設備の遺構が数多く目につく.
もう使われなくなった信号機を見て,優等列車が行き交っていた時代に思いを馳せる.


更に進むと,レンガ造りの建物が見えてくる.旧丸山変電所だ.
その名の通り,横軽が電化された後,この区間に電気を流す役割を果たしていた施設だ.
アプトの道整備に合わせてなのか,修復工事が行われ往年の姿を見ることができる.

更に進むと,前述の「旧線」と「新線」の分岐地点に辿り着く.
ここにはこれまた前述の「峠の湯」があり,これまたまた前述のトロッコ列車の終点にもなっている.
旧丸山変電所あたりから勾配がきつくなり,後ろから照らす太陽が首元を焼く.

8月に山歩きのプランはよく考えたらきついな,そう思った頃,前にトンネルが見えてくる.
これまた「旧線」が実際に使っていたトンネルで,アプトの道終点の旧熊ノ平信号場までいくつものトンネルが続く.

トンネルの中は思わずずっとここにいたくなるくらいに涼しい.


トンネルと抜けるとそこは…いっそ雪国だったら嬉しかったが,トンネルから一歩出るとそこは夏の山道だった.
気温自体がそれほど高いわけではないが,照りつける太陽と,台風の置き土産の湿気のせいか汗が止まらない.

しばらく進むと左手に碓氷湖が見えてくる.
碓氷湖の周りを散策してみたいが,体力のあるうちに登りきらないと後がしんどそうなのでとりあえず登る.

トンネルを抜けると,“それ”は唐突に現れる.

碓氷第三橋梁.
通称めがね橋と知られ,国の重要文化財にも指定されている.
これは旧線が使っていた橋で,従ってアプトの道を歩くとこの橋の上を実際に歩いて渡れることになる.
めがね橋からは下を走るこれまた国道18号の「旧道」に降りることができ,上の写真はそこから撮ったものだ.

橋の上からの眺め.下を走るのがその旧道である.
どうやらここまで車で来て観光するというのが定石らしく,閑散としていたアプトの道とは対照的に,それなりに観光客の姿がある.
まあに山を歩くほうがどちらかというと間違っているんだろうが…
観光客の年齢層はどちらかというと山とか好きそうな(偏見)年配の層が多いが,若いカップルもいた.
車で汗ひとつかかず山を登ってきたイケメン,片や汗だくのキモオタ.世の中はどうしてこうも不平等なのだろうと思いつつ,汗だくになるというマイナス要素の積み上げは自分の選択のせいなのでしかたがない.
…なんて帰ってきた今だから無駄口を叩けるが,実際には割りと疲れてそれどころではなかった.

反対側には「新線」の橋梁も見える.
アプト式廃止後の信越線は向こうに見える橋を渡っていた.
信越線の後をつぎ,対長野,ひいては対北陸の輸送を担う北陸新幹線は更に奥数kmのところを走っているらしい.

家から持ってきた500mlのペットボトルは既に空っぽ.
こうなることを予期して横川駅前の自販機で買った水を開けて一息つく.
横川駅から既に5km近く歩いてきたらしい.加えてこの坂道,それなりの運動量である.
アプトの道終点の熊ノ平信号所までは更に1.3km.たかが1.3kmと侮るなかれ,帰りも歩くのだから往復で2.6kmも歩くことになる.
そして更に横川駅まで歩くわけで,かなりの運動量になる.
まあ夏だし,アプトの道踏破は諦めてここで帰るのが大人の判断というやつだろう.

というわけで,精神が未だ成熟しない私は熊ノ平へ向けて歩き出す.
まあ疲れるだけで死にはしないだろう.朝飯もキチンと食べたし,水もまだある.故に進む.

まあその決意もトンネル2つ目辺りで「引き返しておけばよかった」というものに変わるわけだが,熊ノ平信号所に到着して疲れは吹き飛んだ.

ひょっとすると私は廃墟萌えなのかもしれない.
結果として新たな好みを発掘することになったが,それくらい熊ノ平信号場は「空気」が違う.
この山の中に残された鉄道設備の遺跡を見て,間違いなくここを列車が行き交ったことを実感する.
朽ちているとは言え電線も残され,今にも列車が走ってきそうな錯覚すら覚える.
多くの人は視覚的に迫力あるめがね橋で満足して引き返すだろう.往復5km歩いても信号所跡地があるだけなのだから.
だからこそ,めがね橋にはない静寂があり,その錯覚を引き立たせる.観光地としての遺構でなく,さながらタイムスリップしたかのような錯覚を感じるのだ.

鉄路はまだこの先,長野県軽井沢まで続いていたが,アプトの道として整備されているのはここまで.
ついにアプトの道を踏破した.

達成感を噛み締めつつ,アプトの道を引き返す.
途中,往路にスルーした碓氷湖散策をしようと思っていたが,雲行きがどうも怪しい.
一応雨具は持っているが,雨に降られるのは女性に振られるより厄介なので,仕方なく先を急ぐ.

案の定,峠の湯手前で雨がふりだした.もつれそうになる脚を動かし走りだすと,峠の湯横にトロッコ列車が止まっているのが見えた.
土日しか運転していないと思い込んでいたが,夏休み期間中は毎日運行しているらしい.
本来であれば横川まで歩いて帰ろうと思っていたのだが,雨も降ってきたしこのトロッコ列車にのることにした.
一応文化村のアトラクションのひとつという扱いになるので,文化村の入園料とトロッコ列車の利用料を支払って乗車.
車内は早くも飽きてきたのかDSに興じる糞ガキで溢れていた.PSVitaなら許したが,DSなので絶対に許さないぞ.

というわけで,文明の利器に助けられつつ,横川よ!私は帰ってきた!

みかんの記憶

次の目的地に向け,横川から高崎へと戻る.
横川の改札を抜けると,そこには…

信越線 普通140M 横川→高崎

そこには,これまた211系の投入で廃止に追いやられそうな115系が停車していた.
「みかん色」とも言われるオレンジと緑のツートンカラーを纏うこの車両,上野口では既に見ることはできなくなったが,ここ高崎の地では未だ見ることができる.
とは言っても211系の投入が本格化すると,恐らく活躍の場は狭まっていくのだろう.

この車両もまた,EF63の補助を受けて碓氷峠を越えていたのだろう.
今ではここ横川から先へ進むことはできない.

感傷に浸るのはいいが,腹が減った.
横川で昼飯となれば,これはもう「峠の釜めし」を買うしかない.
この「峠の釜めし」は横軽が現存していた頃から販売されており,機関車の付け替えで長時間停車する横川駅の性格をうまく活かしホームで販売していた.
今でもホームで買うことができる.

最近の車両にはなくなった小さなテーブルは,まるで峠の釜めしの土釜を置くためにあるかのようなちょうどいいサイズだった.
峠の釜めしを食べるのは恐らくおよそ12年ぶりになる.あまり子供向けのメニューではないので当時は何とも思わなかったと思うが,かなりうまい.
やはり鉄道旅で食べる飯は駅弁だ.

ふと見上げると鈍行には珍しい座席番号があった.
この車両は昔,急行のような優等列車に使われていたのだろうか.

そんなこんなで駅弁を食べつつ「みかん色」の電車に揺られ,間もなく高崎へ到着した.

桜の花のおちるスピードは

さて,高崎で一息ついたら次の目的地へ向かう.

上越線 普通535M 高崎→新前橋

まずは吾妻線直通の普通列車で新前橋へ.↑の写真の左側の車両がそれ.
ちなみに右側の列車が両毛線小山行きで,新前橋で後から来るこの列車に乗り換えるので,高崎から右の列車に乗っても問題はない.
だが上越線に乗る,あえてね.

10分ほどで新前橋に到着.特に何があるという駅でもないが,ウィキペディアによれば高崎,前橋についで群馬県内第3位の乗車人員を誇るらしい.

両毛線 普通453M 新前橋→岩舟

新前橋から先ほど高崎で右側に止まっていた両毛線に乗車.
211系のロングシート車だ.高崎から新前橋まで先行する上越線115系に乗ったのはこれも大きな理由で,旅の途中にロングシートはできれば乗りたくない.

岩舟に到着.
新前橋以上に何かあるわけでもない駅だが,『秒速5センチメートル』の聖地として有名な駅だ.

多分上の写真のあたりが作中で出てくるワンシーンの場所だと思う.
設定上逆方向の列車になってしまうような気もするが…

駅前の風景.これも作中に出てきたところだと思う.

次の列車まで時間があるので周囲を散策.近くに有名な「岩船山」というのがあり,それを眺める.
有名な,といいつつここに来るまで存在を知らなかった.

そこに高崎方面へ行く列車がやってきた.
そういえば劇中でもこんなシーンがあったような気がする.

と,短時間ではあるが『秒速5センチメートル』の聖地のひとつを訪れることができた.
とりあえず,作中と同様雪の積もった時にまた来たいと思いました.
実際この近辺で雪が積もるのかは知りませんが…

両毛線 普通455M 岩舟→小山

すぐやってきた次の列車で岩舟を後にする.
やってきたのは再び211系でちょっとげんなり.

小山駅に到着.向かい側にはみかん色の115系が.貫通扉の補修跡が痛ましい.

ここ小山駅も『秒速5センチメートル』に出てくる.
左は6番線,右は8番線.7番線はどこへ…と気になって調べるとホームの先の方が切り欠きで7番線になっていたらしい.ただ,今は使われていないとのこと.

餃子の花園

さて,予定では小山から水戸線に乗車し友部へ,友部から常磐線で水戸,水戸で偕楽園を散策して帰るつもりでいた.
ただ,天気が少し怪しいのと,前日の常磐線内の倒木の影響で未だダイヤが乱れているらしく,うまく乗り継げるかがわからない.
水戸方面で落雷もあるようだし,最後の最後で雨に降られるのも大変.
ということで予定を変更し宇都宮へ向かい,餃子を食べて帰ることにした.

宇都宮線 普通2542Y 小山→宇都宮

小金井止まりの列車を一本やり過ごし,宇都宮行きの普通に乗車.
この辺りまでくると結構本数は少ないようで,少し待ち時間があった.

宇都宮に到着.有名な餃子屋の場所もわからないので,とりあえず駅をでてすぐのところにあった店に入って餃子定食を注文.
あまり味にうるさくないので何でもうまいうまいと言って食べる人間ではあるが,おいしかった(小学生並みの感想).
おいしかったのだが,禁煙にも関わらず後から入ってきたおっさんがどうしてもタバコを吸いたいらしく,外がやや雨が降りそうと理由をつけたのかなんだかよくわからないが,店員を説得しタバコを吸い始めた.
ニコチン中毒は餃子ができるたかだか10分もタバコを我慢できんのかと.近くで吸われてくっさくてたまらないので早々に完食して店を出る.

さあ,家に帰ろう.

上野東京ライン(宇都宮線・東海道線) 普通1621E 宇都宮→横浜

再び宇都宮駅へ.先発する2本は上野止まり.上野なり大宮なりで乗り換えれば横浜に早くつくが,やや疲れてきたので乗り換えがなく済むように東海道線直通列車を待ってみた.


ふと見上げると,今はなき北斗星・カシオペアの乗車目標がまだ残っていた.

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