2015/03/05

合唱コンクールの背後で、ピアノを弾ける人は結構大変。

特に、小学校のクラス替えの際、一番最初に振り分けられるのが「ピアノが弾ける子」なのだそう。
「合唱コンクールとかやる学校が多い。その時に、伴奏が弾ける子供がいなかったら、公平にならないし、合唱コンクールが出来ない。親からクレームつけられる」と尾木先生。
――――振り分けには法則が!クラス替えにまつわる「大人の事情」がコワイより引用
クラス替えをどういう風に行っているのか、という話題だが、これを読んで嫌でも色々と思い出してしまった。
尾木先生が言うまでもなく、ピアノが弾ける生徒を分散させているというのはよく言われていることだ。
(成績は正直怪しいと思う。高校の時クラス間で平均点ものすごい開いてた印象。)
そして、私レトレはこう見えてどう見えて…?ピアノが弾ける(た)のである。
一応小学1年から中学1年までの7年間習っていた。小学校6年間はまあいいのだが、中学に入ると合唱とかいう悪しき行事がある。(小学校はなかった。)
正直ごく一部のやる気のある人間(ちょっと男子ー、とか言っちゃうタイプ)以外、何が面白くて昼休みに歌の練習しなきゃいかんのか、というのが本音だろうと思う。
が、それはまだ甘い。
ピアノを弾ける人間は伴奏者とかいう貧乏くじを引かずに済むように策を弄さなければならないのだ。
もっとも、伴奏やりたくて仕方がないタイプの人はそんなことを気にしなくてもいいのだが、私はやりたくなかった。
やりたくなかった理由はいくつかあるのだが、
  • ピアノを習っていた時期(中1)は、普段の練習に加えて伴奏の練習するのが面倒だった。
    面倒というのもあるし、合唱の曲が決まるのが遅く、練習期間が短いから地味に難易度が高い。
    曲が決まるのが遅れた時に限って伴奏が難しい曲になってたりするから笑えない。
  • ピアノを習っていない時期(中2・中3)は、もうやめてピアノを普段弾かないのに伴奏の練習をするのが苦痛だった。
    習ってる時期だろうが習ってない時期だろうが要は弾きたくないんです…
  • 指揮者とかいう存在にペースを合わせるのが気に食わない。
ゆゆ式、じゃなくて
由々しき問題である。
指揮者。のだめカンタービレの千秋のごとくオケを統率するイメージを受けるが、合唱においては結局メトロノームである。
私はプロのピアニストになりたいと本気で思ったことはないので、決められた速度にしっかり合わせて弾くという習慣はあまりなかった。
ピアノの先生にやれ速いやれ遅い言われるが、普段は自分一人で弾くから多少のアップダウンがあっても不都合はない。
一方合唱は歌もある以上(というかそっちがメイン)、ある程度のテンポ維持は必要だろう。それが苦痛なのだが、理屈としてはわかる。
だから指揮者が必要なんです、まあそれもわかる。が、中学生の合唱の指揮者なんて言っては悪いが所詮素人なのだ。
一応習っているとはいえ素人の私のピアノのテンポがズレるように、指揮者のテンポもズレる。
そしてそのズレ方が私と指揮者で異なる。これが不快なのだ。
一応指揮者が優先、というか指揮者に合わせなければならない。ズレている指揮者に。ズレ方が自分と違う指揮者に。

だったら、指揮者の立ち位置にメトロノーム置いておくほうが100倍マシだ。
それはそれで間違いなくシュールな光景になるが…
色々言い訳を書いたが、結局のところ、自分の弾きたいように弾けないからやりたくない、というのが中学生私の思うところだったのだ。
本筋に話を戻すと、クラス分けだ。
私の通っていた中学は1学年が3クラス、2年以降は2クラスという変則体勢だった。
そして私の学年には小学校時代にピアノの伴奏をやったことのある人間が私を含め3人いた。
小学校からの引き継ぎでもあったのだろう、その3人は別々のクラスになった。
というわけで当然、担任は私に伴奏をやらせる気マンマンなのだ。中一1回目の合唱、半ば強引に私は嫌々ながらクラスの合唱の伴奏をやらされた。
確か「時の旅人」とかいう曲だったと思う。途中でテンポが変わってえらい苦労した記憶がある。
クラスの合唱以外に学年の合唱もあって、そちらの伴奏の熱い押し付け合いが水面下に3人の間で行われていたのだが、結局こちらはクラスの方の伴奏も理由にしてうまいこと押し付けることに成功した。最低…
そして上述の合唱の非常に不愉快な性質を経験をしたのだ。
それ以降伴奏をやる気はまったく無くなった。やりたくもない伴奏を強引に押し切られ引き受けたら想像以上の不愉快さだったのだから、残念だが当然である。
ましてやミスすればボロクソに言われ、成功しても褒められることもない。
その次の合唱以降、私は頑なに断った。帰り際に先生に呼ばれて相談室などという名前だが実質説教部屋にて色々言われたが、断固としてお断りした。
確か2回目の合唱は音楽の先生にお願いするという残念なオチになった(笑)。
3回目と4回目はクラスの合唱はなく、学年のみだったので上述の3人で熱い押し付け合いを繰り返して逃走に成功した。
こうして中学1年目の合唱は幕を下ろした。
そこでクラス替えである。
3クラスに分かれていたピアノを弾ける3人を1人と2人という形で2クラスに分けることになる。
当然、伴奏を拒否し続ける私を1人側にするわけにもいかなかったのだろう。
実は3人の中にひとりだけ、クラスの伴奏はやりたいという人がいてその人が1人、私を含めて残った2人がもうひとつのクラスになった。
一応一度だけとは言え伴奏をやっていたため、先生としてもさぞ扱いに困っただろう。さんざん拒否したのに例の説教部屋でのありがたいお話が止まないことからも明らかだった。
クラス替えにおいては間違いなく問題児である。
唯一申し訳ないと思うのは、私と同じクラスになった方のピアノを弾ける人に対してである。
私が絶対にやらないと意思を曲げなかったがためにその人が伴奏をやる羽目になっていた、本当に申し訳ない。
なんてのは建前で、本当のところ別になんとも思っていない。やりたくなければやりたくないと言えばいいのだ。
そんなこんなで1年生の最初の伴奏以降、一切伴奏をやらずに3年生の終わりが近づいてきた。
先生も懲りずに合唱担当のなんとか委員会の生徒まで狩りだして、お説教部屋でありがたい話を2年間行事のたびに繰り返していた。
で、最後の合唱込みの行事は卒業式である。これは曲数が若干多い上に学年での合唱なので、件のクラスの合唱の伴奏ならやる人はやらないと言う。
となるとこれは、ありがたいお話が過激になる可能性がある。これは勘弁願いたい。
早く帰ってゲームしたいというのもそうだが、一応受験が控えているのである。
そこで目をつけたのが卒業式の最後にやる全校合唱である。
私の通っていた中学校では「旅立ちの日に」を歌う。
何故これに目をつけたかというと、この曲の伴奏はとても簡単だからである(笑)。
全校合唱の伴奏は在校生がやるのが本来のようだが、先生に言ってこの伴奏をやらせてもらうことにした。
ポイントはこのお願いを学年の合唱の話が出てくる前にしたことである。つまり、全校の方の伴奏をするということを理由にして学年の合唱の伴奏を断ろうという算段である。
これは結局うまくいった。楽な曲を取って学年の伴奏を回避しつつ、最後の全校合唱というおいしいところを持っていったわけである。
歌ってる方は「ちょっと男子ー(以下略)」などと言って青春を楽しんでいればいいかもしれないが、ピアノを弾ける人間は(というより、ピアノを弾けるが伴奏に乗り気でない人間は)合唱のたびに心理戦を繰り広げていたわけである。
ほんと、大変だった。結局2回しか伴奏してないけど。
当時は合唱なんていらないと思っていたし、今でも思っている。別になくても困らない。
ただ合唱は多くの学校でやるから、高校以降で割と共通の話題になったりするのは唯一の利点かな、と思ったり。
ある意味一番多くの人が共有できる音楽の話題は、合唱なんじゃなかろうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿