2014/12/28

上野発の夜行列車に乗った話

ぼく氏、帰省をする。

来春の廃止が決まった北斗星での帰省である。このチケットを取るのもなかなか苦労した。11月末に3日間、朝早くからみどりの窓口に並んで10時の発券をお願いした。…したのだが、3日間ともダメだった。3日目に至っては実家に連絡をして、近くの旅行会社の窓口にも10時発券をお願いしたが、それもだめだった。普通の旅行会社はJR券のみの扱いはしてもらえなかったりするのだが、そこは田舎クオリティー、受け付けてくれただけでもありがたい。

 というわけで1か月前の発売のタイミングでは予約を取ることができなかった。正直に言って、北斗星に乗れないのなら帰省をする意味はない、くらいに思っていた。そこでそれから数日間、JR北海道ネット予約サービスでキャンセルが出ていないか四六時中確認していた。すると12月頭のある日、B寝台1人用個室「ソロ」に空きが出ているのを発見、即座に予約した。JR北海道ネット予約サービス、先日から寝台列車の予約ができなくなってしまったが、なかなか便利なサービスだった。切符の受け取りは道内でしかできないようなことを書いていたが、なんのことはない、東京駅のJR北海道プラザでも受取ができた。意外と知られていないのではないかと思う。


 というわけで、帰省である。帰省というより、気分は旅行だ。旅の始まりは北の玄関口、上野駅。早めに着いたので上野駅を散策。相変わらずわけのわからない構造をしている。秋葉原駅の北側で東西の移動がしにくいのと並んで使いにくい構造と言ってもいいのではないかと思うくらいだ。
上の(上野とかけた高等ギャグ)画像は不忍改札の案内だが、この「不忍」、唐突に表れる古語っぽさがいい。

うろうろしていたら、ようやく発車時刻が近づいた。ちょうど上の写真のすぐ左にある弁当屋で駅弁を仕入れ、到着を待つ。

 本日の宿、北斗星の5号車の案内表示だ。北斗星に乗るのは実は3回目。これまでの乗車経験は10年くらい前に2度、どちらも札幌発上野行きであった。上野発の下り列車に乗るのははじめてだ。やはり、旅行といえば北に向かうほうが旅情があってよい。
その旅情も北の大地に幽閉されていては経験できないわけで、やはりあそこは住む場所じゃないな…個人的に。

18時45分頃だったろうか、上野駅13番線に北斗星がやってきた。この光景もなかなか珍しく、上野駅13番線は行き止まりの構造をしている。昔の東急の渋谷駅のような感じ、と言ったほうがわかりやすいだろうか。北斗星は機関車が客車を引く。ゆえに、こうして客車を前にして後ろから機関車で押すという方法で車庫から進んでくる。


 とりあえず先頭まで行って機関車の写真を撮っておく。鉄道ファンがたくさんいた。廃止報道があったし、当然か。この日の機関車は北斗星に合わせた塗装ではなく、カシオペア向けの塗装の機関車だった。運がいいのか悪いのか、以前北斗星に乗ったときにも珍しい塗装の機関車だった記憶がある。

 

機関車の側面には「がんばろう日本、がんばろう東北」のマークが。正直、東北の復興が今どうなっているのかさっぱりわからないが、しかしきっとまだ震災の傷跡が残っているのだろう。




 そして乗車。本日の寝室になるB寝台個室「ソロ」である。決して広いわけではないが、開放B寝台と同じ値段で個室に乗れるのだから儲けものだ。人気があるのもうなずける。
発車し、一路札幌へ向かって走り出す。さっそく上野駅で買い込んだ駅弁を広げる。途中駅では帰宅途中のサラリーマンの姿が見える。疲れ切った企業戦士を尻目に食う飯、うまい。

 ロビーカーを覗くと、予約せずに食堂車を利用できるパブタイムを待つ乗客であふれていて、とてもゆっくりできそうにない。宇都宮を過ぎ、車窓もただ暗闇が広がるのみ。となれば早いが、寝ることにしようと決めた。布団に入るとき、ちょうど列車は郡山に止まっていた。4番線に到着したが、その横は2番線。気になって調べたところ、3番線はないわけではなく、別の場所にあるようだ。
 なかなか眠れない。やはり、揺れる。ちょうど線形が悪いところなのかわからないが、通勤列車で思わず眠りに引き込まれるような揺れ方ではなく、まるで地震の揺れ方のようだ。寝台特急という環境に興奮しているのかもしれない。それでも目を閉じていると、知らないうちに眠りに落ちていた。

 目が覚めた。寝はじめてからそれほど時間は経っていない。外を見ると、仙台駅に止まっていた。早起きするつもりではあったが、さすがにこれでは睡眠時間が足りない。また目を閉じると、今度はあっさりと眠気がやってきた。

 パチパチという小さな音で目が覚める。時刻は3時前。外を見ると、雪が舞っている。粉雪が当たってした音なのかもしれない。スマホの地図を見ると、岩手県と青森県の県境にいるようだ。4時間くらいは寝たようだし、この時間ならロビーカーも空いているだろうと思い、ロビーカーへ行ってみる。
 思った通り、人は少ない。お酒片手に外を見ているおじさんと、酔いつぶれて寝ているおじさんがいるだけだ。ソファに座り、外を見ながら物思いにふける。どうしてか、中学時代や高校時代の宿泊を伴う行事のことを思い出す。また新たに黒歴史を思い出してしまった。やめてもらいたい、本当。列車が止まり、顔を上げると青森駅に止まっていた。ここで青函トンネルを抜けるための機関車に付け替えるのだ。時刻は4時半。ホームの電光表示板には弘前行きの始発列車の案内がされている。昨日の19時に上野を出て、4時半に青森。改めて東北の広さを実感した。

 列車は津軽線に向かう。いよいよ雪が深くなってきたように思う。青森という、北の果ての特殊環境のせいか、寂寥感みたいなものを感じる。再び列車が止まり、外を見ると蟹田駅。太宰治が小説「津軽」で友人の家を訪れたエピソードを思い出す。ここで列車の行き違いをするようだが、対向列車が遅れているようで、なかなか出発しない。

 そうこうしているうちに雪が激しくなってきた。吹雪いていると言っていいレベルではないかと思う。しばらくしてようやく、貨物列車と札幌発青森行きの急行「はまなす」が通過し、北斗星が動き出した。はまなすといえば日本唯一残る急行、結構人気があると聞いていたが、座席はガラッガラだった。北海道新幹線が開業した後のはまなすはどうなるのだろう。北斗星の廃止が決定した今、カシオペアとはまなすの行く先が気になるところだ。
 いくつかのトンネルを抜け、そしてついにいつまでたっても出口の気配がないトンネルに入った。そしてようやくこれが青函トンネルだと気づく。トンネル特有のゴォーという音が眠気を誘い、ロビーでうつらうつらしてしまった。

 ふと自分が眠っていたことに気づく。まだ青函トンネルを抜けていないようだ。ロビーカーには少し人が増えていた。驚いたことに小学生くらいの子供もいる。そして青函トンネルを抜け、ついに北海道。空が少し白んでいる。青函トンネルの手前ですれ違いを待った貨物列車が遅れていたようで、函館の到着は40分ほど遅れるようだ。朝食は予約なしでも食べられるので、食堂車で和定食を食べた。普段は朝ごはんにパンばかりで、久しぶりに朝飯に白飯を食べる。

 朝食を終え、函館に到着。函館では機関車の付け替えのためにしばらく停車する。久しぶりの北海道の空気でも吸おうと外に出てみた。寒い。横浜より数段寒い。思わず変な声が出る。つい2年前までこの寒さの中生きていたはずなんだが…。果たしてどうやってこんな冬を乗り越えていたのか、もうわからない。
 ホームの上には当たり前だが雪が積もっている。実は、先日滑りにくい冬靴を買ったのだが、履いてみたら靴紐がおかしいのだろうか、すぐにほどけてしまうので普通のスニーカーを履いてきた。故に滑る。超滑る。受験生だったらこれだけで浪人確定だ。写真を少し撮って早々に車内に帰還した。

函館を出るころにはだいぶ日が昇ってきた。広がるのは一面の雪景色。なるほど、これが冬だ。遠くには駒ヶ岳だろうか、山が見える。

さらに北上して森駅を過ぎると、眼前に内浦湾が広がる。やはり、太平洋側の海は見ていてすがすがしい。今日はいい天気だ。

なんて思っていたら天気は一変。雪が降っているどころじゃない、空は真っ白。長距離列車に乗っていると天気の変化が面白い。


 長万部を過ぎて室蘭に近づくと、またしても天気は快晴に。この辺りは雪が少ないとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。まさか12月末に雪が積もってない場所が北海道にあるとはたまげた。
 苫小牧までは雪が少なかったのだが、千歳から急に雪が増えた。南千歳から札幌までは、新千歳空港に行くときにいつも見た景色だ。この辺りは雪が多い。
 12時前、結局青函トンネル手前で発生した40分の遅れをほとんど回復できず札幌に到着した。建物に覆われているからか、ディーゼルの音がすごく反響する。札幌駅はうるさい。ここで電話したらきっと何も聞き取れないだろう。


 北斗星も来年春には廃止、その後しばらくは臨時列車として運行するらしいが、もう乗ることはないだろう。ついにブルートレインが日本からなくなってしまうのは残念だが、最後にまた乗れて本当に良かった。
 今度の帰省は北海道新幹線が札幌まで開業してからにしようか。札幌開業予定は2035年度…もう40歳とかなんですがそれは…

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